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行列ゴーホーム~作文教室
終わりがない行列に
どうして並ぶことができるだろう




階段は僕の記憶より遙かに短かったのに、登りきったところで僕が見た人の列は測り知れない長さだった。
あらゆる列には順序がある。
始まりがあり、終わりがある。
3号車乗車口、その周辺にある列を辿ってどこかにあるはずの切れ目を探したのだが、ついに見つかることはなかった。
列は何列とも呼べるものではなく、どこかはどこかへ折り返しきっとまたどこかへ続いているのだろう。
あるいは、最初はそうだったのだ。
今ではそれはあらゆる境界を失って、人の塊と化した。
遙か遅れてやってきた者は、今立ち止まった現在地に、ただ立ち止まったのか並んだのか割り込んだのかもわからない。
ちょうど僕がそうであるように……。
ただ例外なく、人の視線は刺すように冷たい。

気がつけば僕は先頭車も通り過ぎてしまって、乗車口からも、待ち人の群れからもそっぽを向いていた。
外はよく晴れていて、見下ろせば大勢のタクシーたちが集まって何かを待っていた。
けれども、僕の背後にある光景に比べればそれは何と落ち着いて秩序だった形だろうか。
あのように人が並んでくれていたら、迷わず並んだだろう。
たとえそれが一番最後の最後だろうと、僕は並んだのだ。
岡本さんの予想は完全に外れた。
僕の予想通りに。

ようやく、ドアが開いて待ち構えていた列の残骸を一気に飲み込み始めた。
発車時刻間際になっても、乗車口から人影が消えることはなく、車内を覗き込むとやはり席に溢れて立っている人の姿が目立つ。
僕は決断を迫られていた。
2号車の入り口の向こうには、車内に進むことを諦め、既に疲れ切った顔をした人々が足を止めている姿が見受けられる。
淡い期待を打ち砕かれながら、まだ僅かな希望を抱いて3号車の様子を見に走った。
状況はより酷かった。
すぐさま引き返すと、さっきよりも少し状況の悪化した2号車に飛び乗った。
少し前逃げ出した人波の中に、僕は進んで吸収された。
今度は逃げることも、もう選べない。






*

連結部分には人々の諦めが連なっていて薄暗い。
僕は諦めをかき分けて、車内に進入した。
少し行けば、今よりはましな場所があるはず……。
と思った時、地べたに座り込んでいる女が僕の歩みを完全に止めた。
進退の窮まった場所で、僕は必死に自分の居場所を主張するしかなかった。
神戸辺りで僕の背中が人々の往来を邪魔し始めて、僕はリュックを下ろすと勢いをつけて天棚へ放り投げた。
少しだけ軽くなった。
この場所で生きる覚悟を決めた。



何もしないでいると、時間は余計に停滞する。
携帯を開き、さっきまで見ていた冗長的漫才の感想を冗長的メールに打ち込む。
冗長文は、哲学でありナンセンスであり遅延行為でもあるのだ。
だらだらとだらだらと、やたら長い文脈を連ねる間に幾つかの停車駅を過ぎ、幸運に恵まれた人が降りていく人と入れ替わり座る場所を手にしていた。
福山駅でようやく僕の番がきた。
眠ることも、リュックの中にあるお茶を飲むことも自由だ。
けれども、僕はただ座れたことに満足することにした。
次の駅で隣の人が降りると、今度幸運を手にしたのはずっと僕の後ろに立っていた男だった。
座るや否や煙草を口にして、立て続けに2本、3本と吸い始めた。
ずっと我慢していたのだろうな……。
男は、ただ座れたことだけでは満足できなかった。
僕は座れることになった幸運には感謝しながらも、ここが2号車であることの不運を思った。白い煙が容赦なく流れて、僕の時間を黒く包んでいく。




20分くらいある乗り継ぎの合間に、うどん屋に入った。
目が合ったのに「いらっしゃいませ」もないほど、僕は歓迎されない客だ。
2分ほどして静かに出されたうどんは、うまくもまずくもなかった。
石川食堂のうどんが食べたくなった。
まだあの店はあるんだろうか……。



車窓から見える緑は、やがて闇に溶け込んでいった。
窓に頭をぶつけるまで、しばらく眠った。
駅で降りたのは僕一人だった。





恐る恐る腕に姪を抱いた。
顔を見ると、今にも泣き出しそうになっている。
命の重さは、約5キログラムだった。



真っ暗の庭の中に、父は座っていた。
僕も隣に座った。
生い茂った木々の隙間を通して、空に花火が見えた。
年に一度、この町の花火大会だ。
この一時間に間に合うために、あの時僕は飛び乗ったのかも知れない。
夜に咲く美しい花々に見とれながら、椅子に深くもたれると、背もたれがミシミシと音を立てながらひび割れた。
この椅子に最後に人が座ったのは、いつなのだろうか……。
花たちが呼吸を整える間、後ろで蝉の鳴き声が浮き立ち、空には星が現れた。
音もなく点滅しながら過ぎていくのは、宇宙人の船かもしれない。
肘掛けに肘を置くと、ビキビキと音を立てて肘掛けは土に落ちた。
人を待ちすぎたためか、もう椅子は朽ちているのだ。
最後の一花が咲くのを待つ間、空に星座を探した。
父は見つけられず、僕は偽物の北斗七星をこっそりと見つけた。
それから本物の花火が、夜ひとつを覆った。



*

モニターを覗き込みながら、これは何だと聞くので、
作文だと答えた。
家を出る時、父はどこからか一冊の文庫本を持ってきて、
僕に差し出した。
古びた表紙には、『井上ひさし……の作文教室』と書いてあった。


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テーマ:自作詩 - ジャンル:小説・文学

【2007/08/27 00:46 】 | できそこない道 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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